Talk-Session vol.4『KAiGO × AI』
AIが拓く超高齢社会の第2章 「自分らしさ」を守るためのテクノロジー
──介護DXの現在地と未来
登壇者プロフィール

金 剛洙 氏
株式会社松尾研究所 取締役副社長
2014年東京大学工学部卒業。2017年同大学院工学系研究科修了、シティグループ証券に入社。2020年東京大学大学院工学系研究科松尾研究室に入職。同時に松尾研究所に入社。主にAIの社会実装の活動に従事。2022年松尾研究所取締役就任。生成AIに特化したVCファンドであるMK Capitalを設立、代表取締役就任。(PKSHA Technologyと共同運営)。2023年金融庁特別研究員として、生成AIと金融について研究。

金子 萌 氏
株式会社想ひ人 代表取締役
東京大学教養学部卒業。44歳で若年性のパーキンソン病と認知症を発症した父親を、17歳から13年以上ヤングケアラー、ダブルケアラーとして自宅で介護を続ける。外資系コンサルティング会社、外資系メーカーを経て、自身の経験から「在宅介護者(ケアラー)のケア」事業で2022年に株式会社想ひ人を創業。『老いるのが怖くない社会を』のビジョンのもと、シニアの方々とそのご家族に寄り添い、介護や終活サポートコンサルティング、自治体や企業向けの啓発セミナー事業の開発・運営を行う。
セッションの様子
時代の転換点、AIは介護をどう変えるのか
「International KAiGO Festival 2026」の最終日を締めくくる最後のトークセッションは、これからの社会のあり方を決定づける「AI」がテーマとなりました。 ファシリテーターを務める一般社団法人KAiGO PRiDE理事の小口貴幸(こぐちたかゆき)は、冒頭で「AIというテクノロジーを、単なるトレンドではなく時代の転換点として捉えている」とメッセージ。介護という、人間性や奉仕の心が重視される領域において、最先端技術であるAIは遠い存在に思われがちですが、これからの超高齢社会を乗り越えるためには無視できない存在です。
小口理事は、「International KAiGO Festival 2026」が掲げる、年齢に関係なく誰もが自分らしく楽しく生きる「ポジティブ・ライフ」を実現するための強力な手段として、AIの可能性を謳いました。 本セッションでは、日本のAI研究をリードする株式会社松尾研究所の金剛洙(きむ かんす)氏と、自身の介護経験をもとに現場実装を進める株式会社想ひ人の金子萌(かねこ もえ)氏を迎え、理論と実践の両輪から「介護×AI」の未来を紐解いていきました。
ANIからAGI、そしてASIへ ── 加速するAIの進化
まず小口理事は、現在のAI技術のトレンドを三つのレイヤーで解説しました。 一つ目は「ANI(特化型人工知能)」であり、ChatGPTのように特定のタスクに強いAIを指します。 続いて、あらゆる知的作業で自律的に学習・理解・実行できる「AGI(汎用人工知能)」、そして人類の知能を凌駕する「ASI(人工超知能)」へと進化の過程にあることを示しました。
金氏は「今年の年末には、人間が8時間かかる仕事をAIがこなせるようになる」という驚くべき予測を披露。また、最新のトレンドとして、ウェブ上の業務を自律的に遂行する「AIエージェント」と、ロボットにAIが搭載され柔軟な身体動作を可能にする「フィジカルAI」の二つを挙げました。 金氏が紹介した動画では、家庭用ロボットが洗剤を投入して洗濯機をスタートさせる様子が映し出されます。さらに、「洗濯物も畳めるようになってきている」「形が定まらない布を扱うのは非常に高度な技術だが、データ学習のサイクルが回ることで急速に実現されつつある」と、技術の現在地を語りました。
家族介護の孤独をAIで救う ── 「ケアガイド」の挑戦
続いて、自らも14年以上にわたる自宅介護を経験してきた金子氏が、開発を手がけた家族介護者向けAI相談システム「ケアガイド」について紹介しました。「ケアガイド」は、誰が、どこで、誰のお金で介護生活を送るかという「生活の再設計」を支援するAIシステムです。 複雑な公的制度や自治体独自のサービス、資産管理、さらには家族間の合意形成といった膨大な情報をAIが整理し、個別の状況に合わせた診断結果を提供しています。
金子氏は、大阪府堺市でのLINEチャットボット運営事例を紹介し、3ヶ月で1500人以上の登録があった実績を報告。 「AIへの相談が適している分野と、専門職が介入すべき分野の切り分けが見えてきた」と語る金子氏の言葉からは、テクノロジーが専門職の負担を減らし、より深い人間的な支援へと時間をシフトさせる可能性が感じられました。 さらに愛知県豊橋市では、地域包括支援センターの業務標準化プロジェクトを推進中であり、アナログな現場にいきなりシステムを入れるのではなく、まずは業務フローを整えることの重要性を指摘しています。
「発注力」がデジタル化の壁を突破する鍵
セッション中盤では、介護現場に根強い「テクノロジーアレルギー」をどう乗り越えるかについて議論が深まりました。 現場では、AIの導入が「人間性を軽視することに繋がるのではないか」という懸念がしばしば聞かれます。 これに対し金氏は、「最初から大きなことをやろうとせず、身近な一歩から始めるべきだ」と提言しました。 例えば、メールの返信案をAIに作らせるといった小さな成功体験を積み重ねることが、組織の文化を変えていくといいます。
金氏が提唱する概念に「発注力」があります。 デジタルネイティブな若い世代に対し、上の世代が「AIで何を実現したいか」を適切に言語化して伝える力のことです。 「デジタル人材は若い人に偏っている。彼らの感性を活かすために、周囲がうまく発注し、伴走する構造が業界全体で必要になる」と金氏は説きました。 一方、金子氏も「ホワイトカラーの人材が、現場とシステムの橋渡しをする『Advanced Essential Worker(アドバンスド・エッセンシャル・ワーカー)』へとリスキリングしていく動きが、介護の未来を創る」と同意しました。
日本文化が育む「ロボットへの親和性」
AIやロボットの普及により、人間の仕事が奪われるという不安についても、本質的な議論がなされました。 金氏は「ホワイトカラーの知識集約型の仕事はAIに置き換わっていくが、逆に『匠の技』のような、人間にしか出せない身体的な手の動きや繊細なケアの価値は上がっていく」と予測。 これからのAI時代、介護職は「AIを使いこなす側」へと回ることで、より創造的で価値の高い役割を担えるようになります。
また、興味深い視点として、日本市場が持つ「ドラえもん効果」が挙げられました。 金氏は、欧米に比べて日本人は「家の中にロボットがいること」への心理的ハードルが低いという説を紹介。 幼少期からアニメや漫画を通じてロボットを家族や友人として受け入れてきた文化は、介護ロボットの社会実装において世界的なアドバンテージになり得ます。 金子氏も「母にヘルパーさんが入ることに抵抗があっても、お茶を出すような気遣いが不要なロボットなら受け入れやすいかもしれない」と、生活者のリアルな視点を添えました。
シルバーエコノミーの可能性を世界へ輸出する
セッションの締めくくりとして、両氏は日本発の「介護×AI」が持つグローバルなインパクトに期待を寄せました。 金氏は「日本は世界で最も高齢化が進んでいるからこそ、ここで生まれた成功モデルは、10年後、20年後に同じ課題を抱える他国にとっての希望になる」と強調。これを受けて金子氏も、「ケアのある人生を愛し、病気や介護が怖くない社会をこの日本から皆で創り上げたい」と、テクノロジーの先にある温かな未来への願いを語り、セッションを締めくくりました
小口理事は、本セッションを総括し、「AIは自分たちの仕事を奪うものではなく、大切な人を守り、自分らしく生きる『ポジティブ・ライフ』を支えるための強力なパートナーである」と改めて強調しました。 AIを手段として使いこなし、超高齢社会の課題を次々と価値へと転換していく──。 その飽くなき挑戦の先に、日本が世界に誇る「KAiGOエコシステム」の真の姿があるはずです。
介護という誇り高い仕事に、AIという翼が授けられた今、私たちは新たな一歩を踏み出します。 介護先進国である日本が、テクノロジーと慈しみの心で世界の未来を照らし出す。 そんな明るい兆しと共に、セッションは幕を閉じました。
セッション一覧
「International KAiGO Festival 」とは
高齢化を脅威ではなく成長のチャンスと捉え、介護とシルバーエコノミーを変革
——KAiGOが日本と世界の未来を動かす答えと機会を生み出す場
3人に1人が65歳以上という急速な高齢化に直面している日本。介護職不足や約9兆円の経済損失などの課題を抱える一方、シルバーエコノミーは100兆円規模に成長する見込みです。「International KAiGO Festival」は、日本が世界に誇る介護の知見をさらに進化させ、介護を中心とした経済・社会のエコシステムを共創するプラットフォームとして立ち上げられました。スタートアップ、企業、政策立案者、投資家、介護職が集い、セッションやアワードを通じて次世代のビジネスモデルや技術革新を促進。「介護エコシステム」創出につながる業界を超えた価値ある学びが得られるインキュベーションの場として、日本と企業の未来を支援します。
「KAiGO PRiDE」とは
KAiGO PRiDEは、誰もが自分らしく安心して暮らせる社会の実現のため、クリエイティブの力で日本の介護を拡張・強化するプロジェクト。人類史に類をみない超高齢社会の日本では2040年に57万人の介護職が不足すると言われるなかで、私たちがライフクリエイターと呼ぶ全国の介護職・福祉職たちのSelf-respectを醸成し、社会からのリスペクトにつなげる「KAiGO-Branding」を展開。また、介護≠ケアとも言われ、私たちが世界一だと信じる日本の介護の持続可能性のため、様々なプレイヤーの巻き込みを図る「KAiGO-Ecosystem」の形成を推進しています。介護をKAiGOとして、その可能性と誇りをクリエイティブの力で形にするプラットフォームとして多様なプロジェクトをグローバルに展開しています。